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鏡の国のデートコース(仮) その3

『古都:鎌倉巡り(鎌倉大仏編)』になります。

うん、江の島編までいくとまた文字数多くなりそうだったから分割することに。
……終わるんかいな、このデート……。

今回ちょっと解説多くなってしまいましたが、『江の島編』ではちゃんとデートっぽくなる予定。

では、大仏様参拝の旅にいざ出発!



 そんなこんなで一時間後、二人は鎌倉駅に到着した。
 このエリアは若宮大路を通り鶴岡八幡宮を目指すのが王道。参拝後は、小町通りに立ち寄って食事や買い物を楽しむこともできる。ちなみに、シルフィーが食べたいものリストに挙げた九つのうち、チョココロッケ、ぴろしき、小町団子はここで手に入れられる他、観光の中心地に相応しく、鎌倉みやげの名店も駅周辺に集中している。
 とは言え、例の花火大会とみなとみらい周辺も観光したいというシルフィーの希望を叶えるには、少なくとも午後三時~四時くらいには横浜に戻ってなければならない。
 加えて、しらす丼や紫イモアイスを食べるために、江の島まで行くことも考慮すると、あまり一エリアに時間をかけるわけにもいかないのだ。
 そんな理由もあり、ここでは小町通りで食べ物を買うだけにし、鎌倉大仏と江の島をメインに観光することにした。
 江ノ電鎌倉駅───。
 予想通り、江ノ電もやはり混雑していたが、近寄りがたいシルフィーの容姿に人の波が左右に避けてくれたおかげでうまく海側の座席に座ることができた。
 そして、鎌倉駅を出発して数分、シルフィーがぽつりと呟いた。

「この乗り物は、先ほどの電車と違ってずいぶんゆっくり走るのですね……」

 見れば、民家の塀がかなり間近に迫っている。

「江ノ電は鎌倉と湘南藤沢をつなぐ名物電車ですからな。民家の軒先を走ったり、海沿いを走ったり、とある区間では路面電車にもなりますぞ」

 シルフィーの隣に腰かけていた恰幅の良い老人が、微笑みながら説明してくれた。年はもう70に届くだろうか。杖代わりの真っ白なステッキの上に両手をのせ、強い日差しをさけるためかこげ茶色の帽子を被っている。
 長いときを生きてきた仙人のように、瞳には只者ならぬ光が宿っているように見えた。

「ええと、あなたは……?」

 見たところ人は良さそうなのだが、それでもついつい警戒しがちになってしまうアリエスに対し、老人は被っていた帽子を脱ぐと、

「おお、申し遅れました。わしは赤朽葉千之(あかくちばせんじ)と言う者でございます。この年になると、なぜか旅心が頭をもたげましてな。今日は八王子からぶらりと出てきたのです」

 淀みなく自己紹介する千之老人は、いっそ紳士と称しても差し支えのないほど堂々とした風情だった。

「───ところで、そこの美しいお嬢さんは日本(ここ)では見慣れない容姿だが、ひょっとして外国の方かね?」
「ええ、そのようなものです。今日は一日、彼とデートを楽しむためにここへ……」
「ほお。それは、それは」

 老人は、まるで自分の孫でも見るかのように目を細めて笑った。

「若いって言うのはいいですなあ。わしもこう見えて昔は青臭くて……おっと、いや失礼。年を取ると、どうもおしゃべりになっていけませんな。───しかし、それならお二人方は、鎌倉は初めてですかな?」
「そうですね。鎌倉では大仏と江の島を観光したいと考えておりますが……」
「それならちょうどいい! わしもこれから大仏様を拝みにいこうと考えていましてな。よろしければ、色々と案内してさしあげますよ。これでも江ノ電と大仏様には詳しいほうですから……」

 アリエスは老人には聞こえないほど小さな声で、

「どうする、シルフィー?」
「そうですね……。折角ですから、お言葉に甘えさせていただきましょう。こちらの世界の方との交流もきっと良い思い出になるでしょうから……」

 シルフィーは老人に向き直ると、ニッコリと笑って、

「では、よろしくお願いします。千之様」


「まず江ノ電の醍醐味と言いましょうか。それは区間によって、見える景色が絶えず変化するところにあります。例えば、これから向かおうとする長谷駅まではこのように民家の軒先をかすめるように進みます。しかし、そこから木々の間をすり抜け、稲村ケ崎駅を越えた途端、目の前には日本でも有名な湘南の海が姿を現すのです!」

 千之老人の語りは、まるでミュージカルのように声の抑揚が顕著で、聞く者を退屈させまいという気配りが随所に感じられた。

「湘南の海……ですか」
「ええ。それはたいそう綺麗に輝く海でしてな。夏になると多くのサーファーたちで賑わう湘南らしい風景を見ることができます。また稲村ケ崎公園は、江の島はもちろん伊豆諸島の島影や富士山が見渡せる絶景スポットとして知られています。もっとも、天気に恵まれた日限定ですが、水平線に沈む夕日は多くの写真愛好家が思わずカメラを構えてしまうほど美しいと言われています」
「へえ……。お詳しいんですね」

 雑誌の片隅にしか書かれていないようなことまでも熟知している千之老人に、アリエスは感心した声を上げる。

「老いた今となっては、旅だけが楽しみですから。なるべく多くの知識を仕入れておこうと思いまして……おっと、長谷駅に着いたようですな」

 江ノ電を下車したアリエスたちは、多くの観光客で賑わう長谷通りを歩き、高徳院へと向かった。
 高徳院───。
 古都鎌倉のシンボル、鎌倉大仏の名で知られる銅造阿弥陀如来像が鎮座する有名なお寺である。大仏の完成時期は明らかになっていないが、ある史料に『建長4年「金銅八丈釈迦如来像」の鋳造を始めた』と記録されているのがこの大仏であると考えられている。災害により寺院は何度か形を変え、正徳2年に増上寺の祐天上人が建立した寺が現在の高徳院となっている。

「うわ……実際に見るとかなり大きいのですね……」

 シルフィーが大仏を見上げて目を丸くする。
 空の下、訪れる観光客を迎えてくれる巨大な大仏様は、悠久の時を経てもなお荘厳にそびえる様子に造った者の確かな技巧と信仰が感じられる。

「ええ。建物に覆われていない露座の大仏は約11mですからな。横幅は9.1m、全体の重さは121tにもなるんですぞ」

 すっかりガイド役に馴染んでしまった千之老人は自身も大仏を見上げながら楽しそうに語る。彼の蘊蓄に魅了されたアリエスもまた、大仏に関する知識をどんどん吸収していった。
 物語の途中ではあるが、鎌倉大仏の特徴として、いくつかトリビア的な内容をここでご紹介しよう。

・目……顔面に直接刻み込まれ、眼球は下向き。見上げて拝したとき、目が合うようになっている。
・鼻……大仏像の鼻すじは額から通っている。鼻孔はあるが、真下から見上げないと見えない。
・口……東洋的微笑みと欧米人に言われている。口辺にはどの仏像にも見られる「ひげ」がある。
・百毫相(びゃくこうそう)……眉間にある白毛の右巻きのかたまり。仏はここから光を出して人を照らすと言われている。
・螺髪(らほつ)……小さな右巻きの巻貝状の毛が並んでいる。インドの釈迦の髪質を表しているとされている。
・肉髻(にっけい)……頭上に円盤状に盛り上がったふくらみ。悟りを開いた証とされ、仏の知恵が優れていることを象徴する。
・耳……顔の長さの半分以上を占めるほど、大きくて長い。鎌倉大仏の特徴ともいえる。
・山道(さんどう)……刻まれた三つのしわは、貪り、怒り、愚痴といった三つの煩悩を、悟りを開く際に断ち切ったことを表している。
・衣服……衣一枚のみを纏い、装飾具をつけていないことから、悟りを開いた仏であることを示している。
・手……仏の像の指間に必ずある、鳥の水かきのような網縵相(もうまんそう)が鎌倉大仏にもある。

「正式な参拝経路もご紹介しましょう」

1. 仁王門……境内の入り口にある門。仁王像が大仏様を守るように立っている。緑豊かな一帯では、野生のリスの姿を見ることもできる。
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2. 洗水舎……参拝する前に心と体を清めるための場所。まずひしゃくの水を左手に、次に右手、左手で溜めた水で口をすすいだ後、口を付けた左手をもう一度洗う。最後にひしゃくの柄を洗えば完了。
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3. 鎌倉大仏……台座を含めた高さ13.35m、顔の大きさだけでも2.35mの巨大なご本尊さま。補修などがほとんどされておらず、造像当初の姿で残されていることや、鎌倉時代を代表する仏教彫刻であることが評価され、国宝にも指定されている。
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4. 胎内拝観……拝観料とは別に20円を払えば、空洞になっている大仏内部を見学できる。金属の継ぎ目などがはっきりと見えて、鋳造の方法や当時の技術が感じられる。
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5. 奉納大わらじ……座った大仏様がもし立ちあがったら…という想像のもと茨城県の小学生が造って奉納したわらじが境内に飾られている。大きさはなんと2mもある。
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6. 与謝野晶子歌碑……与謝野晶子がこの地を訪れて詠んだ「鎌倉や みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におわす 夏木立かな」の歌碑が立つ。晶子は釈迦牟尼と詠んでいるが、これは間違いで、正しくは阿弥陀如来である。
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7. 観月堂……大仏の裏手にある小さな堂は鎌倉三十三観音霊場二十三番札所で、聖観音像を安置している。朝鮮李朝の月宮殿を移築したもので、中世の朝鮮半島の建築様式を今に伝えている。
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8. 大仏殿礎石……大仏殿に残された礎石や発掘調査などにより推測すると、横約44m、縦約42.5mの五間模裳階付だったと言われている。

 約三十分の参拝経路をすべて巡り終わったアリエスたちは、売店に立ち寄った。大仏グッズを扱うほか、ソフトクリームやおでんといった軽食もあり、ちょっとした休憩にはもってこいの場所である。
 販売されている人気大仏グッズの中からシルフィーが喜びそうな品を見つけたアリエスは、それを二つ購入し、彼女のもとへと急いだ。

「シルフィー」

 ソフトクリームを食べて休憩していた彼女の空いているほうの掌に、アリエスはそっとグッズの入っている小さな袋をのせた。

「? これは……?」
「開けてごらん」

 ソフトクリームを一旦アリエスに預け、シルフィーは袋の中身を確認する。そして、

「わあ…可愛らしい……!」

 そこには愛くるしいベビーフェイスな大仏のキーホルダーが入っていた。露座する大仏様は威厳を背負っているが、キーホルダーの大仏様はとても柔和な表情で、二人を温かく見守っているような気がした。

「ミニ大仏キーホルダーというグッズだよ。見た目も可愛らしいし、御守りにもなるんじゃないかと思ってね。ちょうど金色と銀色の二パターンがあったから、一つはシルフィーに、もう一つは自分用に買ってみたんだ」
「とっても嬉しいです! ありがとうございます、アリエス様。でも……」
「うん?」
「いえ……この台詞は最後にとっておきましょう」

 謎の言葉を残したまま、シルフィーは天使のような微笑みを浮かべるのだった。


「短い時間でしたけど、どうもありがとうございました。千之様のおかげで、とても楽しく大仏巡りをすることができました」
「いえいえ。わしの方こそ楽しかったですぞ。こんな年寄りの戯言に最後までお付き合い頂けて、なんと感謝したらいいか……」

 高徳院を後にし、場所は長谷通りと由比ヶ浜大通りがぶつかる交差点。これから長谷寺を巡る予定の千之老人とは、ここでお別れとなる。

「お二人の幸せがいつまでも続くことを心より祈っておりますぞ」
「ありがとうございます。千之老人もお元気で」

 信号が赤から青に変わった。

「では、これにて。運命が悪戯すれば、またお会いすることもありましょう」

 去って行く千之老人の背中を見送りながら、アリエスはぽつりと呟いた。

「なんだか不思議な人だったね……」
「ええ……。もしかしたら、あの方は私たちが遠い異世界から来た旅人だってことに気付いていたのかもしれませんね……」

 二人の目の前を大柄な男が通り過ぎたときには、もう千之老人の背中は雑踏の中へ消えてしまっていた。それは、まるで長い夢から醒めたかのように……。

「さあ。次の目的地へ向かいましょう、アリエス様。もうお昼に近い時間ですし、そろそろお腹になにか入れたいところです」
「そうだね。江の島は新鮮な生シラスを使用した料理が有名みたいだし、お昼はそれにしようか」

 再び長谷駅から江ノ電に乗車した二人は、信仰と観光で長年親しまれている島───江の島へと向かうのだった。


 ~続く~



 大仏様参拝の旅いかがでしたでしょうか?
 今回は、桔梗のお爺ちゃんにも登場してもらいました。理由はいくつかあって、

・実際に江ノ電で老人に話しかけられたことがあるから
・折角地球に来たので、こちらの人との交流も描きたかったから
・(大仏巡りの場合)ガイド役がいたほうが何かと便利だったから

 ってなわけで、二人だけのデートを期待されていた方には申し訳ないですが、僕の独断でこういう展開にさせてもらいました(でも、ずっと二人だけっていうのはちょっと寂しいと思うんだ)
 この後は、おおまかに、江の島→みなとみらい→花火大会と回って終わる予定です(長えな……)
 もしかしたら、気分転換に間に違う小説挟むかもしれませんが、三月上旬には完結させたいですね~。

 では、また明日~。

by broken-range | 2011-02-26 00:29 | 短編企画